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アリスの白うさぎ

...when the Rabbit actually took a watch out of its waistcoat-pocket , and looked at it, and then hurried on,  Alice started to her feet, for it flashed across her mind that she had never before seen a rabbit with either a waistcoat-pocket, or a watch to take out of it, and burning with curiosity, she ran across the field after it, and fortunately was just in time to see it pop down a large rabbit hole under the hedge. In another moment down went Alice after it, never once considering how in the world she was to get out again. ・・・実際、うさぎが、ちょっきのポケットから懐中時計を取り出し、それを眺め、そして、急ぎだしたとき、アリスは勢いよく立ち上がりました。というのも、アリスは今まで、ちょっきのポケットや、そこから取り出せる懐中時計を持っているうさぎなど、見たことがないと、はっと気づいたからです。好奇心に駆られて、アリスはうさぎを追いかけ野原を横切りました。そして、幸いな事に、うさぎが、藪の下にあった大きなうさぎ穴の中へ飛び降りるのを目撃することができました。 次の瞬間、うさぎを追ってアリスが穴へ飛び降りました。一体全体、後で、どうやって穴から出れるのかなどと全く考えもせずに。 Alice's Adventures in Wonderland,  I. Down the Rabbit-Hole, Lewis Carroll 不思議な国のアリス、第一章 ウサギ穴の中へ より ルイス・キャロル著(訳は私です) ******** こうして始まる、アリスの冒険。来年は、うさぎ年という事で、今回のクリスマスカード兼年賀状は、この 不思議な国のア

雨は夜更け過ぎに雪へと変わるだろう

 巷でも、ラジオからも、クリスマスの人気定番ポップソングが流れる季節。ワムのラスト・クリスマスやら、マライア・キャリーの恋人たちのクリスマスやら、なんやら、かんやら。それでも、キャロルやアニメ「 スノーマン 」のテーマ曲あたりを除けば、私がこの時期、一番聞きたくなるのは、いまだに、「雨は夜更け過ぎに、雪へと変わるだろう」で始まる、山下達郎氏の「クリスマス・イブ」です。今回は、イメージイラストも作ってみました。思うに、英語圏の国に住み、英語のみを喋り、英語文化にしか親しみのない人たちというのは、メジャー英米文化プラス自分たち独特の文化にも浸ってきた、他文化圏から来た人間に比べ、ある意味、文化生活の幅が狭いのではないかという気もします。自分たちから、積極的に他言語のものでも興味の範囲を広げようとしない限りは。 さて、「クリスマス・イブ」は、1983年、JR東海クリスマス・エクスプレスのCMでもおなじみの曲ですが、ビデオを探してみると、当時の、切符を切る駅員さんのいる改札口などが、なんとも、いいんですねえ。CMには、いろいろなバージョンがあるものの、クリスマスに電車に乗って愛する人がやってきたー、という、歌詞と相反して、一人じゃないクリスマス・イブが描かれています。ちゃんと、電車が、予定通り走る国でなければ、こんなCMにはならない。 ここしばらく、イギリスの鉄道は、従業員の賃金と労働環境をめぐり、度重なるストライキの波にやられています。 前回の記事 では、ロイヤルメールのストライキに言及しましたが、特に、多大な悪影響を出せるクリスマスと年末年始とあって、先週は、火水金土と4日間の鉄道ストライキ、さらには、ストライキのない合間の日にもダイヤの乱れや本数が減るなどの弊害も出ています。24日にもストライキが予定されているため、クリスマス・イブに電車に乗って愛する人のもとへ、なんて、あきらめた方がいいですねえ。 基本的に、車の移動より、電車での移動のほうが好きな私は、徐々に感じ始めています、電車がまともに動かせない国にいつまで住んでいられるかと。普段でさえ、キャンセルや遅れは日常茶飯事。週末にはよく、線路の整備のため、一部区間が不通となることもあり、その区間は、レールリプレースメント・サービスなる、バスを使うことになります。これがあると、移動時間、最低30分は上乗せとなります。一

イギリスの郵便局にて

クリスマス期、あらゆる業界での、ストライキの嵐が吹き荒れる中、郵便を配達するロイヤル・メールも幾日かストを予定しているため、今年の クリスマスカード 及びクリスマス用郵便は早めに出す必要性に駆られています。 ちなみに、郵便の収集と配達、および、あちこちの赤い 郵便ポスト を管理するロイヤル・メールと、いわゆる郵便局(Post Office)は、基本的に別会社で、郵便局は、ロイヤル・メールの代行で切手の販売、手紙、小包の受け取りなどを行っており、そのほかは金融商品の扱い、パスポートや運転免許の書き換えの扱いなども行っています。さらに、パーセルフォースという会社があり、こちらは、国内外の小包の手配、配送を行っています。このイギリスの郵便システムの会社間の関係はとても複雑で、頭が混乱した蜘蛛が編み上げた巣のように、何が何だかわからない。とりあえず、ロイヤルメールとポストオフィスは、別会社であるという事だけは書いておきます。 さて、先日、日本行のクリスマスカードを出そうと郵便局へ足を延ばしました。上記の通り、ロイヤルメールとは別経営なので、この日はロイヤルメールのストライキでしたが、郵便局は開いていました。ただ、この日に出しても、ロイヤルメールは、おそらく郵便局や郵便ポストからの収集を行わないという事になります。 さほど長くはない列について、順番を待っていましたが、とにかく窓口がひとつしか空いておらず、しかも、窓口前に立っていた女性は、用が終わった後も、ぺちゃらくちゃらと、窓口の人と世間話を始めたのです。そのため、私の後ろの列はじょじょに長くなっていった。 こういう行為はわりとイギリスでは遭遇するので、今更驚きはしませんが、とにかく、よく、他人が待ってるのが気にならんもんだなあと、ある意味、そのずーずーしさに感心させられて、見ていました。が、私の後ろに立っていたじーちゃんは、堪忍袋の緒が切れてしまったようで、「用が終わったら、世間話はよしてくれ、列ができてるのがわからんのか!」と切りかかった。 すると、喋ってたおばはんは、くるりと向き直り、「私がこの人と話をするのも、大切な社交という用事なのよ!」と開き直った。これはつわものです。じーちゃん、「窓口が一つしか空いてないのがわからんのか!」つわものおばさんは、ふんと鼻を鳴らし、再び、窓口に向き直り、又話を続けること、約1分。こ

タタメットズキン2 TATAMET ZUKIN2

先日、バッキンガム宮殿で、カミラ王妃が、女性に対する暴力に反対するキャンペーンを支持するため、そうした関係の慈善団体の代表など約300人を招いた集いを催しました。・・・そこまでは、良かったが・・・ この最中に、故エリザベス女王の女官であり、ウィリアム王子のゴッドマザー、さらには現在も王室で務めを果たしていたレーディー・スーザン・ハッシーなる女性は、とある慈善団体のリーダーで、イギリス生まれでイギリス国籍の黒人女性に話かけ、執拗に、「あなたは、本当はどこから来たわけ?」と、聞いたという事がニュースとなり、レーディー・ハッシーはレイシストの汚名を着て、瞬く間に辞任、現代社会にマッチしたポジティブなイメージを作りたいところの王室側の反応も早く、「今の時代にレイシズムは許せない。当事者が辞任したのはもっともである」ような内容を発表。 と、これだけのニュースを聞いた段階では、私もだんなも、「また、自分の人種に、かなり神経質になっている人のオーバーリアクションかな。ただ、何気に、どこから来たの?って聞いて会話を続けようと思っただけの話なんじゃないか。」なんて思っていましたが、詳細を読んでみると、たしかに、その執拗さに悪意を感じ、これは、まずい、気を悪くしたのも当然か、と思い直しました。以下が、BBCサイトに載っていた、会話の内容。Lady SHは、レーディー・スーザン・ハッシー、Meというのは、被害にあった黒人女性です。訳は私が勝手につけました。 Lady SH: Where are you from? あなたは、どこから来たの? Me: Sistah Space. シスタ・スペースです。(これは慈善団体の名) SH: No, where do you come from? そうじゃなくて、あなたは、どこから来たの? Me: We're based in Hackney. ハックニー(東ロンドンの地区)が、私たち団体の拠点です。 注:この段階まで、彼女は、団体の活動内容についてでも聞かれると期待していたのでしょうね。ところが・・・ SH: No, what part of Africa are you from? そうじゃくて、あなたは、アフリカのどこから来たわけ? Me: I don't know, they didn't leave any reco

自転車泥棒

 ここしばらく、ヨーロッパ映画を見ていないな、とふと思い、見たのが、これ、1948年公開、ヴィットリオ・デ・シーカの「自転車泥棒」。現代の若い人たちも、まだこういう映画を見ているのかは、知りませんが、未だに、傑作映画の呼び声高い、戦後間もないローマを舞台にした、切ない話です。このくらいの時代の映画は、イギリス映画もそうですが、まだ戦争の傷跡残る都会の風景が印象的。 あらすじは、いたって簡単。職を探す人々の波が職安にたむろしている場面から始まります。ここで、ついに、待ち望んだ仕事を得たアントニオ。ただし、移動しながら、街中にポスターを張る仕事であるため、自転車を持っていることが条件。そこで、妻は、ベッドに敷いてあったシーツなどを引っぺがし、それを質に入れて、その分で、以前、質に入れてあった自転車を取り戻す。シーツは無くなったけど、妻と小さな息子ブルーノも大喜び。翌朝は、張り切って仕事に出たはいいが、仕事半ばで、壁に立てかけてあった自転車が盗まれてしまう。映画の残り部分は、この自転車を見つけ出すため、アントニオとブルーノが、あちこちを奔走することになります。そして、最後に、絶望したアントニオが、自分自身、自転車を盗もうとしてしまう。 自転車が盗まれた直後、アントニオは、警察に届け出るのですが、記録を取った後は、見つかったらまた届けろ、と言うだけで、何をしてくれる様子もない。「探してくれないのか」の問いには、たくさんある自転車から、お前のを探せるわけがない、自分のなんだから、どんなのかは自分で知ってるだろう、もう、リポートすんだから、帰れ、のようなことを言われる。こんなやり取り、笑いながら見てました、今でも、基本的に同じだから。 財布やら貴重品をイギリスやらヨーロッパで盗まれても、警察に届けるだけ時間の無駄。今年の夏、お隣さんはオックスフォードまで車で出かけ、どこかの公共の駐車場に止めた際、彼のホンダ車の下から、三元触媒コンバーターがもぎとられ、盗まれてしまったという事件に会っています。なんでも、日本車のコンバーターは性能が良く、被害にあいやすいとか。こんなのも、埒もあかないと、警察に届けたりしなかったようです。警察も資金不足、人手不足の昨今ですから。数年前に、空き巣に入られた友人は、おじいさんの第一次世界大戦のメダルを盗まれたそうで、これはさすがに警察に届け出。なんでも

写真をあまり撮らなくなった理由

イギリスのコロナでのロックダウンは、色々、今までの生活を見直す機会ともなりました。前より写真を撮らなくなったというのも、そのひとつ。出かける機会が減ったからというのもありますが、デジカメ、スマホが始まってから、その手軽さのために撮りためた膨大な写真の数に、今更ながらびっくりしたというのもあります。いらない写真は、ざんざか削除していけばいいんですが、何となくそのまま。それで、後から見るかというと、あんまり見ないのですよね。私は、SNSはやっていないので、それこそ、ブログででも使わない限り、その、ほぼ全ては、永久にデータとして埋もれて終わりでしょう。 実際、自分で写真を見るとなると、デジカメ以前の大昔のアルバムを繰ってみたりすることの方が多いです。100も200もある、似たようなデジタルイメージを次から次へと見るより、限られた枚数のものを、時間の合間に、お茶飲みながら、ページめくって楽しく見れるのです。 あと、アナログ写真は、自分が写ってる時など、適当にぼけてくれていて、それなりに見えるという利点もありました。昔の富士フィルムのCMではないですが、「美しい方はさらに美しく、そうでない方は、それなりに写ります」ってやつです。ところがデジタルだとスクリーンの上で拡大された自分の顔に驚愕(!)してしまうこともある。シミ、そばかすまで、こんなはっきり写ってほしくないのに、なんて感じで。しかも、それが、人から、「この前の写真送ります」なんてメールに添付され、開いてみて、すごい顔で写っているものが、バカでかいサイズで撮られていたりすると、そのインパクトに、「うわー!」っとなる。自分で自分の顔に驚くなんて、笑うに笑えない。そして、それが、相手のスマホの中に保存されていると思うと、ますますゲンナリ。それで、送り手の顔はちゃんときれいに写ってたりするんですよね。(こういう事があるたびに、人間なんて、自分の見た目しか気にせず、他人がどう写ってようと、どうでもいいんだな、と思います。でも、あまり、他人がブザマに写ってる写真を、頼まれない限りは、その人に送ったりしない方がいいですよ。)だから、最近は、人からスマホ向けられるのも、なんか嫌です。「見えすぎちゃって、困るの」・・・なんて、これも、なんかのCMでしたか。映像がシャープになるにつけ、今の芸能人なども、ふきでものひとつにでも大わらわでしょ

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「upholster」(アップホルスター)という、あまり日本の人にはなじみのない言葉があります。ソファーやアームチェアーなどの家具の骨組みの上に、スポンジやら、ばねやらを配置し、その上から、布や皮を張る事を指します。手持ちの英和辞典で引いてみると 1.(椅子・ソファーなど)に覆い(スプリング、詰め物、クッション)を取り付ける 2.(部屋など)にカーテン(カーペット、家具)を取り付ける そして、そういう作業を行う業者は、「upholsterer」(アップホルスタラー)と呼ばれます。この人たちは、椅子などの布張りのほかに、カーテンやブラインドなどを窓のサイズに合わせて作るなど、主に布関係の室内装飾なども扱います。ここで、また、英和辞典にお世話になると、 室内装飾業者、椅子張り職人 とありました。 フレーム自体はしっかりしているものの、家具の内部のばねやスポンジが時と共にぐたっとなり、また、覆っていた布なども擦り切れてしまった時、捨てて、新しいものを買う代わりに、修繕しようと決めると、この「upholsterer」さんが必要となります。 だんなが約30年に買った、我が家の居間のソファーベッドは、もう、そのまま使うには限界に達していました。布はあちらこちら擦り切れ、アームの部分は下のばねの形が、浮き出て見えるほど。クッションもべたっとなり、せんべい座布団さながらの、あわれな風情をかもしだしておりました。当然、座り心地は最悪。ベッドとして使うのは、泊り客が来た時のみなので、使っても年に1,2回、よって中のマットレスはまだ使える状態だし、フレーム自体はしっかりしている。パーカー・ノル(Parler Knoll)という、わりと名の知れたメーカーのものです。 そろそろなんとかしなければ、と考えていたところ、隣町に、評判の良いアップホルスタラーを見つけ、電話で見積もりを頼みました。ソファーの写真を送ってくれと言われ、送ると、材料費込みで、大体、このくらいが目安です・・・と教えられた金額は、比較的低価格の新しいソファーベッドが買えるほどのものでしたが、安物買っても、何年もつかわからない、なら、直してもらおう、ということに決定。業者も、パーカー・ノルのソファーの修繕依頼はわりとよくある、と言っていました。 話が決まると、それでは、新しい布地を選びに来てくれと言われ、出かけていきましたが、

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映画「エクソシスト」(The Exorcist)の公開がアメリカで始まったのは、1973年12月、およそ50年前となります。 それは、話題の映画でした。 悪魔に取りつかれた少女リーガンの首がくるくると360度回るところ、白目をむいて、どばーっと緑色のどろどろ液を口から吐き出すところ、などのえぐいシーンもありながら、ポスターに選ばれた、この映画の決定的なイメージは、エクソシストとして悪魔に立ち向かうため、メリン神父が、タクシーを降り、少女のいる館の前にたたずむ、あの場面。悪魔のいる2階の部屋から、ぼあーっと光が漏れ、これから始まる2人の決闘を思わす緊張感もあります。 過去の数々の映画のポスターの中で、これくらいインパクトがあるものってあまりないのではないでしょうか。これを書きながら、今、ぱっと考えたところで、頭に浮かんだのは、オードリー・ヘップバーンが黒のドレスに長いたばこのスティック(?)を掲げている「ティファニーで朝食を」とか、「風と共に去りぬ」あたり。あと、やはりホラーで、ジャック・ニコルソンが狂気の顔をドアの間からのぞかせている「シャイニング」のポスター。それだけ、映画のイメージをひとつの絵、写真に集結させ、しかも独り立ちさせても、それなりに見れるっていうのは難しいのかもしれません。考えれば、もっと色々思い当たるのか・・・。印象に残る映画ポスタートップ10なんてのをやってみても面白いかもしれません。 なんでも、エクソシストのこの場面は、ベルギーの芸術家、ルネ・マグリットの絵「光の帝国」から影響を受けたものなのだそうです。空は青空なのに、前景の木々と建物が夜のように暗く、それが、街灯と窓からの明かりで照らされている絵です。マグリットは、この「光の帝国」シリーズを全部で27描いているそうで、きっと、こだわりがあったのでしょう。うち17枚が油、残り10枚がガッシュ。一瞬ぱっと見るとありそうな風景、でも実際はありえない、不思議な風景。影響を受ける・・・というか、人間、かつて見たもの聞いたものの印象が頭のあちこちにひっかかっていて、何かの拍子で出てくるものです。映画監督に限らず、クリエーターの人たちが色々、外のものを吸収しようとするのは、こうした数々の印象の断片を脳の中にコレクションして、何かを作るときに、そうしたものが、引き金として、役に立つからでしょう。 実に久しぶ
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みんなと仲良くなんて無理

 まだ、イギリスに住み始めたころ思ったのは、何かにつけて、社交をカップルで出かけなければならない国だなという事。この国、離婚が多いのは、こうして、無理やり、何でも一緒にせにゃならん、というのが理由の一つではないかとも思ったほど。クリスマス後、離婚が増えるというのも、本当は嫌なのに、相方の家族や知り合いと一緒に長時間過ごさせられた結果だったりもするようですしね。 だんなの友人の中には大好きな人もいれば、性に合わず、会っていて苦痛な人もいる、それは当然です。なのに、そういう、ちょっと嫌な人に家に呼ばれた時など、だんなが自分の友達なのだから、一人で行ってくれればいいのに、お前もよばれているから、と無理やり連れていかれるのが本当に嫌でしたね。電話がかかってきて、それじゃあ、会おうという打ち合わせをしている時も、必ず「みにも来れる?」となる、私が、その場で言い訳を作り、その日はだめだと言うと、逆に「じゃあ、来れる日は?」となる。そして、そういう人たちに限って、なぜか、車で1時間以上かかるような不便な場所に住んでいて、いつも、「来てくれ」というのですよね。そんなに、会おうというなら、そっちが、うちの方角か、便のいいところまで出て来たら?と思うのに。前もってスケジュールを入れられてしまい、がんじがらめの気持ちで、その日には大雨が降ろうが槍が降ろうが行かねばならなくなる。 心で、「もう私は勘定に入れないでくれ、あんたとは特に会いたくもないし、誘われるのが苦痛なのだから、わかってくれ、しつこくしないでくれ、かまわないでくれ!」と心で叫んでも、さすがにそんなことを面と向かって言えないのが人間社会です。嫌がってるのよ、気づいてくださいと思いながら。それなりに、オーラを出しているつもりでいながら、気づいてくれない!逆に、だんなの友達の中で特にうまの合う人とは、機会があれば、旦那ぬきでも、一緒に遊びに行ったりしています。 コロナ下のロックダウンで、いろいろな弊害はあったけれど、利点(私にとっては)は、こういう付き合いを強要される機会が激減した事でした。ほとんど関わったことのないような人の葬式や結婚式にカップルだからと連れていかれる・・・そんな嫌な状況もなくなった。(そういうのが大好きな人にはつらい季節だったのかもしれませんが。)ロックダウンがなくなった今では、また、ぼつぼつ始まりかけて、最近

木枯し

家から町の中心へと、小川に沿って歩けるようになっているリバーウォークの両側の木々は、まだ7割ほど葉を残しています。が、日に日に、 落葉加速度は、ついてきている感じです。特に数日前の強い風の日、近くの道路端の街路樹の葉がことごとく散った。今のところ、イギリスにしては比較的暖かい日が続いており、街路樹の葉を蹴散らした風も「木枯し」と形容したくなるような寒さは持っていませんでした。 ふと、「木枯し」に相当する英語はなんだろうと考えると、ないんですね、これが。だからwindという言葉にいくつか別の言葉をくっつけて形容し、長たらしいものとなる。こがらしなんて、「風」という言葉すら含んでいない。こがらしを、漢字で時に「凩」と書くというのも、いまさら、すごい表現だと感心しました。 天候や自然現象を表す言葉は、イギリスより日本の方が豊富だと感じます。さすが短歌や俳句の国、季節感や情緒を短く表現する技巧がにじみ出る。天気を話題にするのが好きというイギリスも、この点では日本には勝てません。 風ひとつとっても、木枯らし、からっ風、あとは、関東地方では筑波おろしなんてのもありますね、地方によって山の名前をとったxxおろしはあるようですが。このおろしというのも漢字で書くと「颪」だそうで、「あ、なるほど」となります。もっとも山の名をつかっても、そっちの方角から吹いてきたというだけで、厳密には、その山から落ちてきた風というわけではないようですが、雰囲気は伝わります。あとパッと頭に浮かぶのは、もちろん、「もーすぐ、はーるですねえ」と歌いたくなる春一番。 手持ちのThesaurusという英語同義語辞典で、windの項を見てみました。いわゆる「風」の意味では、 air, air-current, blast, breath, breeze, current of air, draught, gust, zephyr と、挙がっていました。 ほとんどが、自然現象、風の強弱を表す程度で、情緒が伝わるような言葉はないですね。この中で、詩的な趣を持つ言葉は最後の「zephyr」。ギリシャの神様からとった名で主にやわらかな西風を指すようですが、一般会話で使われることはまずないです。それこそ、詩くらいで。普通の会話で、「今日のzephyrは、心地よいなあ。」などと言ったりしたら、「なんだ、あいつ、インテリぶって、